第三章 研究生 |
概諭 |
何れの教授所長にとつても研究生の教授といふ事は非常に重犬 |
な意義を有つものである。即ち正しい訓練を受けた研究生は教授 |
所に於げる生徒の授業や、クラスや、お茶叉は晩のダンスに於て |
大いに役立ち、よい助手になるから。 |
これは教へる側からばかりでなく、相互扶助で、研究生の方も |
亦これによつて教師の役を代行し、教師のもつ大いに胃険的な経験 |
を得るのであるから、これまた少からぬ価値を持つてゐるわげ |
である。未熟の研究生をして実際の生徒の教授に當らしめ、サラ |
リーやコンミツシヨンを倹約しようとする事は利巧な遣り方で無 |
いばかりでなく不当である。もとより資格ある教師の監督の下に |
なされる場合限られるならば、研究生にとつても亦生徒にとつ |
ても実習や授業の間に一緒に踊る事は、生徒には彼が普通ぶつか |
る並の人より上手な踊手と踊る機會を興へると同時に、研究生に |
ばそのやうなお弟子に逢つて初めてその一般的な癖叉は特殊な欠点 |
に注意する機會と、色々な性質、態度・スクイル等の特異性に |
交渉を持つ機會とを輿へるので有益な緒果をもたらすものであるには |
違ひない。しかし、教師は之を遂行するには多少の胃険を覚悟し |
なげればならない。何故ならば研究生は無経験であるから神経質 |
にいらいらしたり叉何等か他の理由で生徒と反目する事がないと |
も限らないから。然し入所前に研究生を注意して選びさへすれば |
此の危険は最小限度に少くする事が出來る。 |
研究生の選抜に關レては、恐らく一概に入所希望者を担む事は |
難しいかもしれないが、少くとも希望者が感心出來ない点を持つ |
てゐたら入所を拒絶しなければならぬ。或は一時の慰みにダンス |
を習ふので、これを以て職業としたいと思つてゐないかもしれな |
いし、叉他の点から云つても不適當で、その上怒りつぽい性質で |
あるかもしれないから、これには一ケ月の試験期間をとる事をお |
勧めしたい。斯くすれば此の期間中に所長はその研究生に成功の |
望があるかないかを見、叉研究生には激しい勉強に堪へ、しかも |
ダンスを愛して行けるか否かを知る時聞が輿へられて両者共最後 |
的決心をなす事が出來る。 |
実際の教授に進む前にその研究生の両親の了解といふ事も考慮 |
に入れなければならぬ。多くの場合、多くの香しからぬ行爲を、 |
一概に「ダンス教師」の故にしてしまふ事のお蔭で両親は自分の子 |
供が持つであらう所の接触を懼れてゐるものであるから、行届い |
た確實な教授所の内部を知らない人が斯く考へるのば当然の事で |
ある。それ故に尚更所長にとつては研究生の選択以上に、共処ま |
では手の届き難い職員の選澤が大切なのである。此の間題に危倶 |
の念を抱いてゐる両親に逢つた場合はバリの高等学院(finishing |
schoo1)や大学や或は地方の家政学校に行つてさへも恐らく触れ |
ずには居ないやうな斯る間題に就いて有利な例を引く事が出來や |
う。 |
何故一生涯眞面目に働かうといふ教師にとって研究生の訓練が |
重大か、といふもう一つの理由は、今日の研究生は明日の教師た |
るべき人であるが故に、自己の問題と仕事とを築き上げて後その |
時間と労力とをダンスの向上に捧げんとする所長は、自己の理想 |
を次の代の人々がそのま受け継いで行っ呉れるか否かに就いて |
知らんと欲し、又先駆者によつて開かれた進路の上に於いて自己の |
職務を完ふせん事を切望しなければならぬからである。 |
プログラム |
毎学期の時間割を作成し、これを嚴格に守つて行かいかなければな |
らない。「ボールルーム」だけといふ研究生には六ケ月の修行期 |
限で足りるが又同時に他の科目も勉強して普通の教師になるので |
あったならば2カ年かかる。 |
入所した研究生は先ず上級生にそれぞれ割り当てるとよろしい。 |
上級生は新入生を「手をとつて教へ導く」責任があり、その踊りの |
監督をし、助カを与えるる責仕をもつのである。上級生は叉新入生 |
の質問に答へ、その勉強を助ける事が出来なくてはならぬ。故に |
教授される下級生の授業時間にも出て見る必要が出来て來る。 |
全科をとるボールルーム研究生には日々の時間割は一時間の |
実習のみでよいし、上級生には半時間の実習と半時間の講義、 |
一時間の実習クラス、半時間の理論のクラス。 |
これに加えて、一週に二回三十分間所長乃至ボールルーム |
専門家から教授を受け、他のクラスやダンスや教授所の一般の仕事 |
にも出席すぺきである。 |
操行一般心得 |
次の操行に関する一般的な心得は充分に研究生に徹底させて置 |
くべきである。(注意−−便宜上研究生に対するものとして述べ |
てあるが、これは教師にも適用し得るものである)。 |
(1).教師及び教授所に誠實であれ。 |
(2).常にスマートできちんと身繕ひせよ(之に關連して、とも |
すると不愉決なまでに熱過ぎたり、見苦しかつたりする室が多 |
いから清潔、清新は敬虔の次に大切である事を記憶しなげれば |
ならない。) |
(3).ボールルームの周りには全部鏡が張りつめてあることを |
考へよ。どんなしかめ面も、ウインクも鏡は写すものである。 |
もしさうした行爲を謹かが見たとしたらその不作法さに愛想を |
つかされる事であらう。 |
(4).生徒は常に何を措いてもあらゆる考慮の対象となるべきも. |
のであつて、大低の場合初心者の人は勉強を厭がるから、課業 |
をエンジヨイ出來るやうに導くやう心がげられたい。 |
(5).生徒の見地を知る事に努めよ。多くの生徒の取扱ひ方と好 |
結果を得る最上の手段を教へてくれるものは経験のみである。 |
(6) 諸君の友達や両親に賞められた位で思ひ上るべからす。教 |
師や同輩研究生は直にその迷夢を醒ましてしまふであらう。 |
(7).其教師や仲間の研究生の教示を善意に解し、眞面目に受入 |
れる事を忘るゝなかれ。それは通常よく當つた忠告であるから。 |
(8).少し叱言を言はれた位で世の中のあらゆる者が自分の敵の |
如くに考へては不可い。学校時代の事を思ひ出すべし。 |
(9〉片意地に自説を飽くまで主張するな。総ての間題には二様の |
考へ方があるのだから。 |
訓練と試験 |
現今では研究生ぱ社交ダンス検定試験を受け得るやう訓練され |
る事が必須条件となってきた。検定は出来得べくば公認のソサイ |
イエテイから出されたもので、獲得のあかつきにはその教師協會に |
入会出来るやうなものでなげればならぬ。 |
次の細目は典型的で最新式なボウル・ルームの試験要目につい |
て必要欠くぺからざるものとされた事項を全部含むものである。 |
検定試験に於いて研究生は次の如き事項を試験される。 |
(a)、男子及び女子として実際に踊る事(男子の研究生は殆ど女 |
子として踊らされる事は稀であるけれども、女子のステツプも |
テクニックもやはり知つて置かなげればならない。) |
(b)學生は一人でステツプやムーヴメントを一同の前でやつて |
見せ、理論に就いての問いに対する自分の答えを実際について説明 |
しなけれぱならぬ。 |
(c).タイム.テムポ.リズム及びスタイル.ポイズ.そして |
バランスに就いての問題が出る。 |
(d)スロウ・フオクス・トロツト、ワルツ、クイック・ステツプ、 |
タンゴの基本ステップに対する完全な知識を持ち、これ等 |
のステツプの分析及び結合方法を知らねばならぬ。 |
(e).試験常時一般に用ゐられてゐる公認のヴァリヱイションな |
らば、何れを用ゐてもこれ等すべてのダンスを踊る事が出來な |
ければ不可い。 |
(a)及び(b)に關しては、研究生を教育してゐる先生は次の諸点 |
に注意していだきたい。 |
(1).志願者にとつて自信を持つといふ事は必要欠くぺからざる |
もので、神経質にいらいらしてゐる事は知識の欠乏と同檬に多 |
くの失敗を招く因である。故に試験の雰囲氣に馴れさせるやう |
に努めるとよい。即ち、他の研究生達の前で質間に答へさせる |
様にし、それによつて聴衆に馴れさせるやうにする事。時々ク |
ラスの中から指名してクラス全体に或一つのステツプを教へさ |
せ、説明が巧く出來るか、欠点を正しく矯正出來るか、ステツ |
プは正確に教へ得るかを試みて下さい。 |
(2).實際のダンス實演に対しての訓練は氣祷のよい変化の多い |
ステツプを演らせ、左ヘターンしたり右ヘター□ンしたりするば |
かりで何の感興もない退屈な踊り方をさせないやうにする事。 |
彼等のデモンストレイションを一枚の書面全体と考へ、ヴアリ |
エイシヨンやステツブを適宜に結合せしめなげればならない。 |
(3).フート・ワークやライズ及びLODに対する知識は正確 |
か否かを確めた上で、必要なスウェイをもつけるやうになすべ |
きである。 |
(4).試験の時の受験者のバァトナー選択に注意せられたい。彼 |
等はお亙に氣が合つて背恰好も釣り合い、そして出來得ればその |
バアトナーがバアトナーをやることに経験があり、落着きのあ |
る者である事が必要である。 |
(b)に關しては、受験者は一つのステツプ若しくは連綾ステツ |
プを一人で優美に易々と踊つてみせるだけの準備と、質問1こ対し |
要領よく直ちに答へ得るだけの準備をしてゐなげればならない。 |
萬一質問の意味を判然つかむ事が出來なかつたら、勿論もう一度 |
繰返して貰ふ事は出來る。然し何遍も聞返して、これをもつて知 |
らないのを誤魔化す手段に用ゐるのは慎しむべき事である。學生 |
は男子及び女子のステツプ共に一人で演り、スロウ、クヰツクそ |
の他多くの拍子を聲を出して数へるやう訓練されてゐるぺきであ |
る。彼等は輿へられたステツプの取る小節の藪を覚えるやう勉強 |
し、何処にライズがあり、ターンは何の程度か、何処でCBM |
を用ゐるか、足の何の部分を用ゐるか、何処に重心はあるか等々 |
をも知らなければならぬし、数へ切れぬ程多い詳紬な重大なテク |
ニツクを徴に入り細に亙つて辮へてゐなげればならぬ。叉試験員 |
は此等の質間に対して答へる、その答へ方で受験者が判然り間題 |
をつかんで呑込んでゐるか、もしくは単箪なる鶏鵡であるか、その |
理由を明確に読明する能力を持つてゐるか、そして此等の点を総合 |
して彼等が教師たるべき天分を伸し得る可能性があるか否かを |
観て取るのだといふ事を記憶しなげればならぬ。一般には試験員 |
はその場で受験者の知らない事を見出さうとするのだと考へられ |
てゐるが、これは全然間違つた考である。試験員はたゞ単に志願 |
者が何を知つてゐるかを見出さうとしてゐるのであつて、その答 |
をあらゆる点から考へて斗酌し、正しい答の出來るやう種々な機会 |
余裕を興へて呉れるものである。 |
(c)の吟味 |
タイム−−受験者はタイムの数え方を知るのみならず、タイム |
に合わせてダンスする事を知らなければならぬ。 |
テムポ−−種々異つたダンスの正しいテムポを知り、此等のテ |
ムポの一寸した変化の何れにでも合せて踊る事に慣れていな |
ければならな。 |
リズム−−リズムは正確なアクセントと、クヰツク及びスロウ |
の拍子を音楽に如何にして合せるか(クイムを数えるに非 |
ず)といふ事に対する知識をも含む。例へぱ、スロウ・フオ |
クス・トロツトのスリー・ステツプの場合、一つのクヰツク |
毎に一拍、スロウに二拍と説明されてゐるが、踊るにはそれ |
よりもつと平均したタイムで行ふ事〔154頁参照〕等であ |
る。 |
スタイル−−各人には自然に具つたスタイルがあるのであるから |
これは変へようとしてもなかなか困難であつて、自然に |
よいスタイルに恵まれてでも居なければ無理である。けれど |
も實例を多く示し、態度を矯正する以外には経験を積む事に |
よつてのみ満足の行くやうに教へ込む事が出來る。 |
ポイズとバランス−−これら二つは一つに取扱つてよいだろう。 |
正しいポイズがなければ正しいバランスは得られないの |
であるから。正しいポイズとは床に対する正しいボデイの線、 |
換言すれば樂々と真直に、しかもリラツクスした状態にある |
ぺき正しいボデイの姿勢である。正しいバランスは正式に練 |
習するなら、あらある踊の中で恐らく最も重要な基礎たるべ |
きものであらう。これを習得すればステツプは容易に覚えら |
れ、ムーヴメントを早く、而も完全に呑み込む事が出來る。 |
ごれが無いと、ステツプを如何程知つてゐやうとも「踊手」 |
にはなれないのである。教師は生徒がバランスを会得したと |
過言しては不可ない。何よりも先づこの理由の故にスロウ・ |
フオクス・トロヅトが通俗的でないものでありながら、然も |
一番重んぜられてゐるのであつて、スロウ・フォクス.トロ |
ットを通してバランスは最も容易に覚えられるのである。 |
(d)は第二節・第三節に対する徹底的な知識を含む。 |
最後に、研究生をして、検定を取ると同時に教師になつたので |
これ以上学ふべきものは無いやうに思はせては不可い。此の最初 |
の成功は眞の成功への第一階梯に過ぎない事、経験によつてのみ |
自分の弟子の取扱ひ方を学び得るものである事、更に如何なる時 |
にも常に弟子は教師に何事かを教へつつあるものであるといふ事 |
をも充分に心に留めさせなければならぬ。此等の道に則した教授 |
法をする教師は最大の成果を収め、研究生に絡來の成功を築き得 |
べき確固たる基礎を興へて置いた事を知つて満足する事が出來る |
だらう。一方、此の道に叶つた訓練を受げた研究生は叉、彼等の |
勉強が非常に貴いものであり、樂しみなものであつた事を見出し、 |
後に徒らに過去つた研究生時代を後悔と懐しさを以て憶い起すこ |
とであらう。 |